10月6日 朝起きて、色々考えて、今日出発と思うと約10時間かかるな。明は運転無理だろうな。
しかしケニアで免許証の無い自分が500km走るのも不可能だし、どうしようか?ふッと、思ったのが、
一人で片づけをしにボンドへ帰ろう。EMケニアの運転手を借りて、ジョシュアと帰ろう。と、早速、
ダイレクターの塩尻さんにお願いしますと、快く、OKして下さり、ケニア人ドライバーのチャールズさんを
貸してくださいました。ホテルへ帰り、明に話をして、一圭には看病に置いていくからと、話を決めて
午前11時にエンブを出発しました。まず、ナクルに向って、山越えです。ケニアの雄大な景色の中を
走るのですが、携帯も繋がりません。かろうじて、さしかかった小さなタウンの中で、ケンセル(携帯電話の会社)の
タワーを見つけたので、オキディ氏に連絡を取ろうと電話をかけると、彼は用事で今キスムの近くにいてる
との事です。午後に用事が済めば電話をするとの事でした。ほんの一瞬の時間でしたが彼と話が出来て、
少し安心しました。実は、URYU事務所設置場所に対する、ボンド県の知事のレターの許可のあて先が
URYUではなく、YRYUになっていたし、URYU事務所の設置も明確ではなく、ただ、診療所の土地の
開発をよろしくたのむ。と言うような内容になっていてこれは問題だというので、オキディ氏に再度依頼をして、
明日キスムまで飛行機で来てくれることになっていたのでした。午後3時ナクルに到着して、昼ご飯を食べ出発。
オキディ氏からの連絡待ちになっていたが、これ以上走ると電話の状態が悪くなるのでもう一度電話を
かけることにしました。すぐに通じて彼のほうは今キスムを出たところだから途中で出会って話が出来る
だろうとの事でした。電話ではなかなかうまく通じず、会って話が出来るのがベストだと思っていたので
ラッキーでした。そうして、もう一つ懸念していた日本への連絡でしたが、智恵さんからうまく電話を
かけてきてくれて、事情を話すことが出来て、これも本当にラッキーでした。オキディ氏とケリチョウの手前で
出会うことが出来て、とりあえず、明日の月曜日に、ジョシュアと私で県庁へ行ってみて、それで駄目だったら、
火曜日に、オキディ氏に来てもらうということにしてわかれました。その後も一路カニケラー村に向って走り、
漸くオキディホームに到着しました。午後8時30分でした。それから、3人でインスタントラーメンを食べ、
長い1日を終わろうとしたのですが、ジョシュアがチャールズと一緒にニコラスの家へ彼が研修を3ヶ月
受けてから帰ってくることを伝えに行ってくれ帰ってきたのは11時でした。オキディホームで3人で寝ることに
なりましたので、待っていました。
今日も1日ありがとうございました。

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